明日への神話 ~リバースエッジ~
就職説明会で社長が挨拶をしている最中にいきなり「君、立ちなさい」と言って一人が立たされた。「なんだ、その形と色は?」「私はそういう形と色が大嫌いなんだ」「申し訳ないが、帰ってください」「君と、君と、君も」ぞろぞろぞろ。
心が端的に表に現わされるようになってから、あらゆる場面で無駄が省かれることが増えた。色々と文句を言っている人もいるが僕はなかなか良いと思う。
形と色だけではなく強度、流動性、特質性の有無、などによって寸分の違いなく正確に表現されてしまう。
「まあ、よかったですよね。間違って入社する前にあんな社長がいると分かって」
「そう、ですね」
会場から締め出された人達の後を追って僕も外に出た。一番最初に立たされた割に気丈な様子で駅へと向かっていく女の人に声を掛けた。
「あれの形もなんか偉そうでしたよね」
「はは、」
「これから、どっかで情報交換しません?」
「いいですよ」
彼女のあれの形と色が醸し出す雰囲気は独特でなんだか惹かれてしまう。その時点である程度好きになることは確定している。どれだけ話をしても時間の無駄にならないということも。
「花がいつの間にか咲いているように変わっているから変わる瞬間を見たことがない」と彼女は言う。
「確かに、感情を反映してころころ変わるもんではないね。思想とか?育ってきた環境とかを主に反映しているんかな。だとしたらそれが受け入れられなかったらどうしようもない」
「だね」
ほんの10分ぐらい話しただけで、随分距離が縮まった気がする。
右目を閉じて僕の心を見ている。
だが、彼女が見ているそれは本当の僕の心ではない。
人を殺したら、殺されて死んだやつの心と自分の心を入れ替えることができるらしい。
それがわかったのはたまたまだからまだ誰も知らないかもしれない。
殺す時にそいつと入れ替わりたいと強く願っていたから……それも必要条件であったとしたら滅多に起こらない事例だろう。
「あなたの心、すごく変わってるね」
「そう?」
「人間じゃないみたい」
「初対面でそんなこと言える人もなかなかいないね」
「気に障ったならごめんなさい」
クランベリージュースがブラインドの隙間から差し込む西日に当たって薄い血の色。
ずっと憧れていた。好きな人と自然に会話すること。前の自分の心ではできなかった。
今、ハイビスカスの花が乱れ飛ぶ台風の中心に僕はいる。
お互い将棋が好きって話になり、今度対局しようと言って別れた。本当のところ自分はあまり強くない。相手の角の存在を忘れてしまって破滅する。だから早めに相手の角を狙っていく。そうすると角交換になることも多いのだけど、結局最もえげつない場面でその角を打たれてしまう。
ところで、交換される駒の気持ちってどうなんだろう。自分がやられた後、かつて敵だったやつに操られ味方に切り込んでいくんだよね。
僕の心はどこにあるんだろう。僕の本当の心はどんな形と色だったのか、もうわからない。あの時入れ替わってしまったから。中三の夏、川で溺れた僕を助けに来てくれたあいつを溺死させてしまった。
その川ってどこの川?地元?
「うん、地元のだいぶ南に行ったところの」
今は、っていうか未来だけどただの大きな溝になってるよ。
「え、……砂漠になったの?」
いいえ、あなたのいた国のほとんどは海に沈んだ。
あっ――
思い出した?あなたの仕業でそうなったんだよ。
……。
あなたの名前は竜馬。日本を海に沈める神。
なんだそりゃ。僕が神ってそんな。誰がそんなこと決められるものか。
誰が決めたわけでもない。元々神だっただけ。
日本を海に沈めるって。
そう。
よくわからないけどリヴァイアサンみたいな感じ?
そうそう。
人はたくさん死ぬ?
短時間に海面が上がるわけじゃないから大丈夫。海中に都市もできるよ。
そうか。なら安心した。
神ならもう就職活動とかしなくていい?人間だるいんだけど。
神もだるいよ。人間と変わらない。やらないといけないことはたくさんある。
あなたにはこのまま人間として生活してもらいます。
はあ。で、何をすればいいんですか?
現在人間界で流行しているあの心を可視化できるシステムを使ってあなた以外の神をみつけてください。
なんのために?
それはまだ言えない。
心を可視化するシステムで、どうやったら神をみつけられるの?
あなたが「あ、いいな」と思ったら多分神です。
なにそれ。
あれは本当にかなり精度高くて、多分作ったのも神だと思います。
ところであなたは誰?
私はあなたの一部。
パチン。
「あなたは一体何を探してるの?」
「えっ、どうしたのいきなり」パチン。
「いや、なんとなくそんな感じがしたから」パチン。
「よくわかったね。神だよ」パチン。
「神?何か宗教信じてるんだ」パチン。
「宗教なのかな。僕が良い感じのバイブスを受け取ったらその人は神らしいよ」
「誰に言われたの?」
「頭の中に聞こえてくる声」
「じゃあ私は神?」
「そうね、多分」「僕も神らしいよ。しかも日本を海に沈める」パチン。
「へー、そうなんだ」パチン。
「あー負けそう。負けました」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「雨がすごいね、今日も」
「粒がでかいね。ここに来る途中びしょびしょになったよ」
「あ、気づかなくてごめん。風呂入りなよ」
「じゃあ借りまーす」
おい。
はい。
セックスしろとは言ってないぞ。
セックスなんかしないよ。まだつきあってないし。
私はあなたの一部です。
うん。だから何ですか?
これからどうなるんだろうね。
あなたは未来を見たんでしょ?日本が沈んだりとか。
ああ、あれは未来というか運命というか、見たわけではなくて、読んだわけでもなくて、ただ知っているというか。
未来がわかるというわけではない?
はい、そうです。
気持ち悪くないかな、一人で頭の中で会話してるの。
気持ち悪いです。
病気と思われないかな。
診断はおりるかもしれないね。
けど、日本が海に沈むってすごいな。海中の都市見てみたい。日の光が差し込まない場所で、どんな景色が見られるんだろう。僕もそれ、見られるんだよね?
……。
え、駄目なの?
もしかして僕が死ぬことによって封印が解けて海面上昇が加速するみたいなことでは?
当たり。
そのために僕を殺せる力を持つ神を探している、と。
推理力っていうか、勘がいいね。さすが私の一部。漫画の読みすぎでしょ。
いや、あなたが私の一部なんでしょ。
どっちでもいいよ。
ってことはあの子に僕が殺されるってこと?
手っ取り早くいくと、そういうことになるのかな。
でもどうやって殺すの?
さあ、どうだろう。まず動機が必要だろうね。
ガチャ。
あ、風呂出た?着れそうな服用意するから。
「ありがとう」
「これから僕のことを殺す動機を探さなきゃいけない」
「はぁ?何それ」彼女はシャツを着ながら笑っている。
「何のためにやらなきゃいけないのかはわからない。でも歯医者に行くのと同じで必ずやらなきゃいけないことなんだ」「神でなければ神を殺せない」
「わかったわかった。よくわからないけど殺してあげるよ」
「え、本当?なんでそんな簡単に引き受けてくれるの?」
「私ももう死のうと思ってたんだ」
「ああ、そっか」「心中みたいなもんだね」
「じゃあ動機はみつかったから方法を考えよう」
北海道の上空にいる。これから二人でスカイダイビングをする。
途中でパラシュートを捨てる。OK?
5、4、3、2、1、GO!
うわーすごいな。落ちてる。高い所苦手だったはずなんだけど、催眠にでもかかってるのかな。何も感じない。
彼女は先に飛んだから下に見える。そろそろパラシュート捨てるかな。あ、捨てた。僕も捨てるか。あれ?なかなかはずれない。まあ開かなかったらいいか。
だいぶ地面が近くなってきた。さよなら、すべてのものよ。
あれ?まだ生きてるか。どうなったんだろう。
彼女は……死んだのか。どうやら神じゃなかったみたいだな。
よく考えたら、空から飛び降りたんじゃただの自殺だから死ねないのか。
神の手で直接でなければ殺されない。
そうだ、今度はちゃんとやろう。まずは本当の神をみつけなくては。
私の目に映る世界は既に沈没している。
日の光届かぬ海の底、微かに見える人々の心の灯り。その色彩。
藪の中
「青空文庫 おすすめ」で出てきたので芥川の藪の中を読んだ。
あまりいい話ではないのでおすすめしない。
wikiがあったので読むと、短い小説なのに論文がたくさん書かれていたり「藪の中」論そのものが論じられたりしているらしい。
ネット上でもあれやこれやと真相を探っているサイトがたくさんあった。
しかし客観的な事実が判明したところで真相はわからないのではないかと思った。
監視カメラが事件の一部始終を捉えていたとして、誰がどういう風に殺したのか具体的にわかったとして、動機を説明するのはその人の言葉である。
また何か嘘をつくかもしれないし自分の心を騙しているかもしれないので信用できない。
勢いで言ってしまうこととかタイミングとかあるし時間が経つとその時本当だったことが嘘になる。
真相が情報の少なさや偽情報によって藪の中みたいになってしまうのではなくて真相はもともとどこにもない。
南国
風に吹かれるといやな気分が吹っ飛ぶ。冷たくても良い。風は良い。
遠いところにある町にでかける想像をする。想像の旅。
そうすると、その旅の中、こんなにさっぱりとした平穏そうな町にもドロドロとした争いごとは起こっているのだと聞き、意外に思う。
人ごとではない。僕だって渦中に投げ込まれたら、同じように悩み、怒り、憎しみで頭がいっぱいになるのだろう。
そういう苦しい感情にいちいち囚われなければ、きっとすばらしい毎日なのだろう。この町はパっと見そういう風だったのだけれど、そういうわけにはいかないのが世の常だ。パッケージどおりというわけにはいかない。中に頭を突っ込めば、どこでも面倒なことばかりだ。これは一体どういうことだ。どうしようもないことだ。
そういうことを忘れるために旅にでるのか?その場所で目をそらし続けるのか?
荒野に意識を飛ばすため、風に吹かれるのか?忘れさることが可能か?
場所だけじゃなく、時代にしたってそうだ。こんなに便利になったのに、苦しい人があんまり減っていないようなのは何故だ?
一番大事な問題に対応できていないからではないのか?諦めたり曖昧な解答に納得したり笑ってごまかしたりしてるうちに過ぎていく。
同乗者
僕が今特に何も考えず日々を送っているのは誰かの望み通りであったかどうか。
僕がせいぜい考えていることと言えば、危険とか不安とかはやはり感じるだけ無駄だなということ。
例えば、過激な速度で突っ走っている自動車に二人乗っているとする。運転しているAさんは快適であるが、助手席に座っているBさんはいつ事故をするかと寿命のちぢまる感じ。この時、二人の主観的な危険にはかなりの差があるのだが、客観的な危険は一定である。
これを他のことに置き換えてみたりすると、人を信じることの不思議さにとまどいがちな心に嫌気が差す。
ベーコン
時間はいつも壁にはりついている…わけではない。あれは時計なのだった。あれはただ時間というものの一面をのぞかせるのぞき穴に過ぎない。僕は時間のようになりたい…と本気で思っているわけではないが、あれだけ人を心酔させておきながら、自らの気配を消して実は着々と歩みを進めている二面性には憧れてしまう。僕はもう眠らなければならないし、今さら時間についてごちゃごちゃ文句もないけれど、何かを説明するために順序が必要だっただけだ。ただ、何かを説明する必要はなかったのかもしれない。
時間の二面性は、現実と夢である。僕はその間を自由に行き来して貿易をしたかったのだが、そんなに簡単でもなかった。ところが不可能なわけでもないので、そこら辺が頑張りどころである。難しいのは、現実と夢はその境界線がはっきりとしていないところ。
現実、ここにこんな曖昧な文章を書いている僕がいて、それを読んでいる人がいるだけで頭が少しぐにゃぐにゃする。それは夢がいくらか混ざっているからである。僕がこんなところに曖昧な文章を書いているのは、これは恥である。それをさせているのは何らかの情熱だろう。恥が現実に穴を開け、夢がそこから這い出てくる。それを捕らえてしまったところで、何がどうなるわけでもないが、ここで強引に具現化することで、時間を左右させるくらいの、つまり将来を変える力が生まれるかもしれない。
車輪の中
車輪の中で暮らしています。車輪の中から見ています。雨の日も曇りの日もここで眠ります。私のエネルギーはすべてこの車輪の回転に使われています。ここから見えている景色が何かを語りかけるわけもないです。誰かのためにというのは嘘です。私は自分が重要だと思う何かを知りたいです。傷ついたり忘れたりしながら距離を稼ぐより、誰もいないところに行ってみたい。そういう風に回転したいと思っています。
クレジット
僕は給油機に表れた数字を見て、その分ガソリンを入れたつもりになる。
車の持ち主は、代金を払い、満足したつもりで帰っていく。
車自体は、燃料がいっぱいになったつもりで、それをさっそく消費しながら走り去る。
働いているつもり。食べているつもり。怒っているつもり。愛しているつもり。眠っているつもり。生きているつもり。
どこにどう記され、誰が確証するというのか。
今日一日の自分自身の表情や言動を漏れなく記録したうえで鑑賞してみたいが、そのためには明日一日を潰さないといけない。明日一日を潰すものとして、その間の自分の表情をもう一度記録したうえ鑑賞したいので明後日も潰れることになるだろう。